満を辞して始動する2023年度版西武と渡辺久信GMが目指したチーム作り

満を辞して始動する2023年度版西武と渡辺久信GMが目指したチーム作り

とても優しい人格者だった辻発彦監督

辻発彦監督の勇退が正式に発表された数日後、松井稼頭央新監督の就任が正式に発表された。筆者は、監督にはカリスマ性が必須であると考えているのだが、松井稼頭央新監督にはまさにそれがある。

プロ野球選手の中にも、松井稼頭央選手に憧れてプロ入りしてきた選手が大勢いる。そして現役を退いた後でも松井稼頭央コーチを慕う選手が大勢いた。カリスマ性、リーダーシップ、現役時代の経験値、そのどれもが松井稼頭央監督には備わっている。

一方辻発彦監督はとても良い人だった。これがプロ野球の監督として吉なのか凶なのかは別としても、良い人であり、ファンに愛された監督であったことに疑いはない。だが以前のコラムでも書いたように、辻監督は頻繁に選手からいじられることもあり、カリスマ性に関しては乏しかった。

リーダーシップに関しても、辻発彦選手の現役時代には石毛宏典選手という絶対的なリームリーダーがいたため、辻選手がキャプテンシーを発揮したことは非常に少なかった。だが現役時代から辻選手は優しかった。1987年の日本シリーズ第6戦、あと一死でジャイアンツを倒し日本一になるという場面で、突然一塁手の清原和博選手が涙を流し始めた。

ドラフトで巨人に裏切られた経緯を持つ清原選手としては、その巨人を倒して日本一になるということに感極まってしまったのだろう。マウンドには工藤公康投手、打席には篠塚選手、そして堪え切れず涙を流す清原選手に近付いた二塁手の辻発彦選手は、優しく清原選手の肩に手を置き慰めた。

辻発彦監督はこの頃からプロ集団の中にあっても優しい人だった。その辻監督のライオンズでの6年間は絶対的に必要な6年間だったと思う。残念ながら日本シリーズで戦う姿を見ることはできなかったが、しかし松井稼頭央監督にバトンタッチするにあたり、辻監督ほどの適任者はいなかったと思う。

次期監督を育成しながらの戦いを強いられた2022年の辻発彦監督

2022年、監督ラストイヤーとなったこのシーズンは本当に難しい戦い方を強いられていたと思う。きっと球団の方針だったのだろう。辻監督はただ勝つだけではなく、後任監督を育成しながらチームを勝たせることを強いられた。ただチームを勝たせるだけでも大仕事なのに、なおかつ隣にいる松井稼頭央ヘッドコーチに帝王学を教え込まなければならない。そういう意味では今季の辻監督は、ある意味では兼任監督とも呼べる重責を担っていた。

これがもし森祇晶監督や東尾修監督であれば、ヘッドコーチを次期監督として育成しながら戦うという要請に応えたかどうかは分からない。なぜなら彼らは1勝する難しさをよく知っているからだ。だがもちろん辻監督もそれはよく知っている。にもかかわらず辻監督は松井稼頭央次期監督を育成しながらチームを率いて欲しいという要請に応じた。

通常ヘッドコーチというのは監督と各部門のコーチ、選手とコーチを繋ぐパイプ役を務める。それに加えて作戦面で監督に選択肢を与えたり、監督のやり方とは真逆の戦略・戦術を監督に提示し、監督のオプションに奥行きを持たせる役割を担っている。

つまりヘッドコーチというのは総理大臣に対する官房長官のようなもので、監督とヘッドコーチの関係が良好でなければ、チーム強化はどんどん難しくなっていく。そして今季の辻監督は、本来であれば困った時はヘッドコーチに頼りたいところを、逆にヘッドコーチを次期監督として育成しながら戦っていたのだ。その難しい状況の中でチームを3位に導いたのだから、辻監督の手腕を過小評価すべきではない。

もし馬場敏史ヘッドコーチが留任していたとしたら、今季の戦いはもう少し違ったものとなっていただろう。せっかく馬場コーチの指導の成果が見え始めてきたところだったのだが、最下位の責任は誰かが負わなければならなかった。そしてその一つが馬場ヘッドコーチ(ヘッド格)の辞任だったのだろう。

このように今季の辻監督は選手を育成するだけではなく、次期監督も育成しながら戦っていたのだ。しかも信頼を置いていた馬場コーチの存在を欠いた状態で。

もしかしたら辻監督は最下位となった一年前に進退伺を出していたのかもしれない。だが渡辺久信GMが、松井稼頭央新監督の誕生にはまだ少し早いと判断し、辻監督を慰留し、今季のこの役目を担ってもらったのではないだろうか。そうでなければライオンズというチームにあって、1979年以来の最下位に沈んで監督が変わらなかったという理由が思い浮かばない。

渡辺久信GMも、もし気心の知れた辻監督でなければこのような重責を任せることはできなかっただろう。だが辻発彦監督だったからこそ、渡辺久信GMも安心して松井稼頭央次期監督の育成を任せられたのだと思う。

渡辺久信GMが作り上げてきた指導者の育成システム

松井稼頭央監督は2018年に現役を退き、2019年からライオンズの2軍監督を3年間務め、今季は1軍ヘッドコーチとしてベンチ入りしていた。そして辻監督からは打順作成を完全に任せられていた。つまり言い方は悪いのだが、2022年というシーズンは、松井稼頭央ヘッドコーチにとっては次期監督としての練習の場でもあったのだ。いや、もちろん当の本人に練習などという生半可な気持ちはなかったと思うのだが、チーム編成という面で考えると、そう見ることもできた。

辻監督の協力の下松井稼頭央ヘッドコーチは帝王学を学ぶことができ、3年間の2軍監督としての経験と、今季のベンチワークに対する経験により、満を辞して1軍監督に就任する運びとなった。他球団では指導者経験のない人物がいきなり監督を務めることが多い中、渡辺久信GMはじっくりと丁寧に次期監督を育て上げてきた。

さらには現在では西口文也2軍監督も将来の監督候補として2軍で腕を磨いている。選手だけではなく、指導者の育成にも手を抜かなくなったのは渡辺久信GMになってからだった。

例えば2013年シーズンを以って勇退が決まっていた渡辺久信監督の後任は、二度目のライオンズの監督就任となった伊原春樹監督だったわけだが、この時は誰もが望んで伊原監督の就任が決まったわけではなかった。実は後任監督の育成がまったく進んでおらず、OBの中にも相応しい人物がおらず、西武球団は他に選択肢がない状況の中で伊原監督に就任オファーを送っていた。そのためコーチ人事にもかなり手を焼いており、伊原政権下でのコーチ就任を断る有能な人材も多数いたと言われている。

渡辺久信監督も退任時、西武球団が次期監督候補をまったく育成できていなかったことをよく分かっていた。2013年シーズンからは慌てて潮崎哲也編成担当を2軍監督に据えて育成をし始めていたし、潮崎コーチも幾度か次期監督候補として名前が挙がっていたことはあったのだが、実は潮崎コーチ自身はと言うと、ユニフォームを着続けたいという意欲は持っていなかった。

潮崎2軍監督は本来は全国を回ってアマチュア選手を見ることを得意としており、そして潮崎2軍監督自身、その編成部門での役職が最も自分に合っていると考えていた。そのような事情もあり次期監督候補として幾度か名前が挙げられながらも、潮崎哲也監督が誕生することはなかった。

そして渡辺久信監督は退任するとシニアディレクターに就任し、将来GMになっていくための道を歩み始めていた。そこで渡辺SDが常々考えていたことは、選手を育成するだけではなく、監督コーチも育成しなければならないということだった。

そんな中で育成されてきたのが松井稼頭央新監督、西口文也2軍監督、赤田将吾コーチらというわけだった。渡辺久信GMは、赤田将吾コーチの人望を高く評価しており、このコーチを一流のコーチに育成することにも力を注いでいる。

来季の布陣としては松井稼頭央監督、平石洋介ヘッドコーチ、豊田清投手コーチ、赤田将吾コーチ、嶋重宣コーチらが1軍の主力コーチングスタッフとなることが予想されている。渡辺久信GMは、2023年以降この布陣で戦うための準備を今季は着々と進めていた。

今ライオンズには、他球団にはない育成システムが存在している。選手だけではなく、指導者の育成にも本格的に取り組んでいるのは12球団でもライオンズくらいではないだろうか。その他の球団は指導者経験のない人材をいきなり監督に据えたり、世渡り上手だと評されている人物をコーチに据えなければならない状況も多々見受けられる。

しかしライオンズは渡辺久信GMの統制下で、選手も指導者も育成するシステムを作り上げることに成功している。だがそれも渡辺久信GMだけでは不可能だった。辻発彦監督という良き人物の存在なくして、渡辺久信GMの育成システム構想は成り立たなかった。少なくとも筆者はそのように感じている。

カリスマ性溢れる松井稼頭央新監督&参謀の名に相応しい平石洋介コーチ

辻監督はあまりにも優しくて、選手を見過ぎていたように筆者の目には映っていた。選手個々の特徴を生かそうとし過ぎて、自らが目指す野球のスタイルをなかなか完成させることができなかった。

確実に成り立った点と言えば、不動のショートストッパーとしてチームを牽引する源田壮亮主将くらいではないだろうか。この源田主将を中心にディフェンスを強化して緻密な野球をしたいというのが辻監督の野球観だったと思うのだが、しかしこの6年間の野球はやや大味なものが多かった。

そういう意味では辻監督はもう少し選手に厳しい采配を揮っても良かったと思う。だがそれができるカリスマ性溢れる監督であったなら、渡辺久信GMも松井稼頭央監督の育成を任せることはできなかったため、日本シリーズには一度も行くことはできなかったが、やはり辻発彦監督の6年間は絶対に必要な6年間だったと思う。

そしていよいよ2023年からはまさに渡辺久信GMが手塩にかけてきたチームが完成に近付こうとしている。もちろんまだまだ完成間近というわけではないのだが、少なくとも新監督やコーチの育成はここまで非常に上手くいっている。

監督というのは、長期政権になればなるほど戦略戦術に意外性がなくなっていく。だからこそ監督はどんなに長くても10年で一度変えた方が良い。理想を言えば6〜7年に一度変え、常に新鮮な戦略戦術で戦える状態を維持したい。そういう意味では6年で辻監督が勇退し、松井稼頭央監督にバトンタッチされたというのは非常に良いタイミングだったと思う。

松井稼頭央-平石洋介コンビは、きっとこれまでにない野球をライオンズにもたらしてくれるはずだ。そしてここに近い将来、松坂大輔投手コーチが加わってくれたらそれ以上に期待できることはないのではないだろうか。

近年のライオンズは本当に弱かった。最下位に転落したからと言うよりも、短期決戦ではホークス相手に手も足も出せずにいる。だが松井稼頭央監督が選手たちに厳しさを求め、辻監督が行えなかったような難しい起用を断行できれば、ライオンズは一段と大人のチームに近付くことができるだろう。

監督が変わったということは、これまでのレギュラー特権も白紙に戻るということだ。秋季キャンプからはまた全選手が横一線でのスタートとなる。そしてそれはタイトルホルダーたちも同様だ。タイトルを獲っても日本シリーズには2008年以来進出できていないのだから、それも当然だろう。

松井-平石コンビに求められるのはCS進出ではなく、リーグ優勝して堂々と胸を張って日本シリーズに進出し、そこで勝つことだ。それを実現するためにも松井稼頭央監督は一度チームを分解し、改めて勝つためのチームを再構築しなければならない。今までの流れの中で、惰性でレギュラーを決めてしまうことだけは避けて欲しい。

だが松井稼頭央監督は、渡辺久信監督以来のカリスマ性のある監督だ。そして渡辺久信監督に対するデーブ大久保コーチのような存在として、森祇晶監督に対する黒江透修ヘッドコーチのような存在として、または東尾修監督に対する須藤豊ヘッドコーチのような存在として、松井稼頭央監督には平石洋介ヘッドコーチの存在がある。このように監督と腹心が二人三脚体勢で駆けていけるとチームは必ず強くなる。

カリスマ性のある松井稼頭央監督に対し、参謀の名が相応しい平石洋介コーチ。このPLコンビに関しても、渡辺久信GMの手腕がなければ実現しなかった。さらに言えば辻発彦監督の協力がなくてもやはり実現し得なかったはずだ。

やはり2023年のライオンズはまさに「満を辞して」という言葉がよく似合う。来季は確実にクリーンナップを担える外国人スラッガーの獲得に成功すれば、チームのバランスとしては格段と良くなり、そのピースさえしっかりと埋められれば、来季のライオンズは一年を通して優勝争いに加わるチームとなるはずだ。そして一年後の今頃は、ライオンズファンは日本シリーズの開幕が待ち遠しくなる秋を迎えているだろう。

⚾️ 筆者:Kaz@Twitter

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